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2024.03.11

若者の力を活かし、高齢者の孤立の予防と解消を目指す「えんがお」の「居場所づくり」とは。

「人生100年時代の町づくり」とはどのようなものなのか?

私たち100年生活者研究所では、社会に還元するトライアルとして「100年生活のまちづくり」プロジェクトを立ち上げ、まちづくりに関わる企業や団体、個人を取材し、様々な角度から100年生きたくなる社会の仕組みを創出する活動を始めた。

今回は、栃木県大田原市にある「一般社団法人 えんがお」の活動に注目し、代表理事 濱野将行氏にインタビューを行った。徒歩2分圏内に8件の空き家を利用し「ごちゃまぜ(全員参加型)のまちづくり」を実践している。「子どもから高齢者まで、障がいの有無にかかわらず、誰も分断されず、日常的に関わり合う。それが普通の地域のコミュニティの中にある。そんな景色を目指す」。その活動と今後の展望について深掘りをする。

濱野氏。壁に貼られている木の葉には寄付者の名前が書かれている。えんがおの一員猫のこえちゃんと一緒に。

誰もが人とのつながりを感じられる社会をめざして

濱野氏の活動のベースにあるのは2つ。1つは、東日本大震災で受けた無力感。その時出会ったNPO法人の方の、現場として仕事として復興支援に参加する姿に衝撃を受けた。もう1つは自身の仕事、作業療法士としての医療現場で直面した孤立する高齢者。医療現場ではアクシデントが起きてからのかかわりになる。しかし、根本問題は孤立している時間にあると気づいた事だった。どちらも「孤立」という現実を目の当たりにした事実だった。

この社会課題に向き合い、ごちゃまぜの力で、誰も孤立しない地域コミュニティを目指して設立したのが「一般社団法人 えんがお」だ。

地域サロンと高齢者向け便利屋サービス、そしてニーズ先行型で広がる事業領域

運営で大切にしているのは「役割をつくる」こと。人にとっての居場所とは「役割」であり、「お客さんにしない」ことがポイントだという。その工夫がつまった「えんがお」に人が集まり、人と人がつながっていく。

地域サロン「コミュニティハウス みんなの家」は日中一人で過ごす高齢者の憩いの場としてつくられた。サロンの2階は学生の勉強の場になっている。毎日のように訪れるお茶当番・お掃除当番のおばあちゃんたち。そして、勉強に来た子たちは、サロンで挨拶をし、会話をし、2階へと上がっていく。高齢者も若者も、誰もが集まる交流の場だ。

地域サロン「コミュニティハウス みんなの家」の前で(えんがお様ご提供)

高齢者向け便利屋サービスとは「訪問型生活支援事業」のこと。制度ではカバーできない生活のお手伝いをする。「電球が切れた!」と連絡がくれば、学生や若者も一緒に交換に行き、作業をしている間、学生たちは高齢者の方と会話を楽しむ。くりかえす交流が「つながり」をつくる。

「えんがお」にはこの他にも、「地域食堂」「シェアオフィス」「ソーシャルシェアハウス」「宿泊所」「障がい者グループホーム」「児童クラブ」など、徒歩2分圏内の8軒の空き家を利用し、大きく分けて10の事業を展開する。ニーズに応える形で事業領域を広げ、柔軟に変化させながら運営している。

えんがおMAP(えんがお様ご提供)

徒歩2分圏内へのこだわりと全国に広がる居場所づくりのプラットフォーム

徒歩2分圏内にこだわる理由は、①大々的にやっても、管理が行き届かず、マネジメントコストがかかり過ぎる。②人手が足らないので双方で助け合える仕組みにしたい。高齢者、不登校生、若者、障がいのある方たちが双方に助け合う構図、成り立つ形を考えたら徒歩2分圏内だった。作業療法士としての濱野氏の知見からのこだわりである。この構図の中で「弱さのある人同士をつなげると、勝手にうまくいく。」ということを学んだと言う。多少のコーディネートは必要だけど、お互いに弱さを持っているので、できることで誰かに貢献しようというベースを持っているからだそうだ。

そして、今すごく掲げているのが「居場所づくり」と呼ぶこの活動を、全国各地で実現して広げていけるような「プラットフォーム」づくりである。

濱野氏は自問自答していたそうだ。この活動をここだけで終わらせて良いのか。もうちょっと社会に影響を出さないといけないのではないか。そして、壁一面に貼られた寄付者の名前を見て、こんなにも応援してもらっていて、これぐらいのソーシャルインパクトで良いのかと。他県の高齢者も救いたい思いと、応援してくれている人たちにもっと返していきたいという思いが、彼をモヤモヤさせていた。

全国の若者からこういう場所をつくりたいと問い合わせが増え、同時に社会的にも関心が高まっている実感があった。彼らがそれぞれの地域で活動をはじめ、軌道に乗ったら社会はけっこう変わるなという思いが生まれた。

濱野氏のモヤモヤと若者の思いを受け止める形として始まったのが「プラットフォーム」づくりであり、その一環として「全国居場所づくりミーティング」を開催している。誰でも参加可能で、全国の活動している人、しようとしている人がつながり、情報交換できる場になっている。2ヵ月に1回程度、60人ぐらいの若者が集まる。

「全国居場所づくりミーティング」の様子。SNSより(えんがお様ご提供)

「えんがお」で深掘りした成功体験を因数分解的に読み解き、若者の思いにのせて伝える。

そして様々な先輩方の情報発信の場にもなっている。とはいえ、お金になりづらいし、複雑だし、地域性を加味しないといけない。悩みは尽きない。このプラットフォームは、様々な悩みに先輩が答えてくれる場にもなっている。聞ける環境づくりも濱野氏の腕の見せ所である。必要なのはマニュアルではない。相談できる人のつながりと場づくりだ。

この取り組みは、内閣官房が2023年度新たに実施している「孤独・孤立対策活動基盤整備モデル調査」の取り組み団体として採択され、委託事業としても活動している。

濱野氏のこだわる「徒歩2分圏内」とは、活動の場としての2分圏内であり、影響は全国の若者に、そして国をも巻き込む形で広がりを見せている。

「あなたがいて良かった」というメッセージ性 それが「えんがお」に人が集まる理由

月1回の「おばあちゃん食堂」の日、「どうせならランチを食べに来ませんか?」とお誘いいただき、取材に訪れた。料理人は4人のおばあちゃん。濱野氏は「真っ昼間から料理作ってふるまうエネルギーのある高齢者は基本曲者。ここをコーディネートするのはめちゃめちゃ大変」と憎まれ口に、おばあちゃんたちも負けてはいない。そして、それを手伝う学生スタッフ。彼女は「おばあちゃんのバチバチが大変」と言いながら「ここが好きだし、学びたいこともやりがいもある」と語る。

料理担当のおばあちゃんにとっては、喜んでもらえる活躍の場であり、対価としては社会参加となる。学生にとっては、活動体験のなかで労働力の対価として本人の求めるものをアセスメントして提供される。彼女はコーディネーターを目指していて、おばあちゃん4人をコーディネートするという現場体験をサポート付きでやれる環境ということだ。

学生たちは、ここで自分たちから行動を起こす。自分たちから生まれたプロジェクトにチャレンジすることで、やりたいことが明確になっていく場所なのである。つながりが生まれ、自分を見てもらえるという価値となり、あなたがいてくれて良かったと何よりも欠かせない環境が生まれる。

おばあちゃん食堂にて(えんがお様ご提供)

まちづくりに大切なのは、ソフトからの転換。そして「つながり」を感じるまちづくりを。

「えんがお」のやっていることの完成度は高くない、と濱野氏は言う。評価されている点は、お金がかかっていないこと。お金が無くてもできている、ここが価値となっている。

日本のまちづくりは、ハードから攻めてきた。道路を広げ、おしゃれな建物をつくり、そこに何億ものお金をかける。はたして、そこに居場所はできるのだろうか。

大切なのは、地域の人々の声である。困っている人が求めているものに耳をかたむけ、今できる事をまずやってみる。居場所としてのソフト面から、お金をかけずに、という事がこれからのまちづくりに大切なのではないか。

そうやってできた「まち」には「つながり」が生まれる。人との「つながり」があるから選択肢が生まれる。選択肢があるから孤立せずに生きていける。「えんがお」に訪れる全ての人たちはつながり、そして地域のプレーヤーに変えていく。高齢者も、若者も子供たちも、障がいの有無を問わず。そして、こえちゃん(猫)、おこげちゃん(犬)もだ。

濱野氏は、この現場での活動をもっともっと深めていきたいと語る。そして、彼のもとに集まった若者の手で、全国的に広がっていくことが今の思いでもある。マネすることでスタートした活動も、やがては地域に根差したものにカスタマイズされ、少しずつ日本のまちを変えていくのではないか。そんな動きを濱野氏はワクワクしながら見守っていくのだろう。

人生100年時代のまちづくり。大切なのは「楽しむ」気持ち。

「誰もが人とのつながりを感じる」まちづくり。それこそがこれからのまちづくりのキーワードとなるのではないか。今の時代にあった「つながり」とそれぞれの地域にあったやり方を模索することで、本当に大切なもの、必要なものが見えてくると思うのだ。

そして「まずは自分が楽しむ」「ワクワクする」ことが大切と語る濱野氏が印象深く残った。原動力は「楽しむ」事だったのだ。人を幸せにすることを目的にしている「えんがお」なのだから、自分が楽しんでいないと、みんなに良い影響は与えないと言う。

「人生100年時代を楽しめるまちづくり」を意識することが何より大切と実感した。

地域サロンにて

プロフィール
研究員
大原 美弥子
社会人40年、​前半をグラフィックデザイナー、後半をプロデューサーとしてコミュニケーションに携わる仕事をしてきました。​
“100年生活を楽しむ” ための様々な活動の紹介・提案をすることで、社会に良い兆しが生まれる手助けができたらと考えています。