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2024.09.26

100歳のリアル Vol.1 「100歳の身体」を知る。

100年生活者研究所の調査によると、日本の平均寿命は延びる傾向にあるにもかかわらず、「100歳まで生きたくない」と考える人が、7割を超えています。

その要因の一つに、「100歳まで生きること」をイメージできていないことがあるようです。

そこで、今回は100歳以上の百寿者や、110歳以上のスーパーセンチナリアンについて長年研究を進められている、慶應義塾大学医学部 百寿総合研究センターの新井康通センター長にお話しを伺いました。

慶應義塾大学医学部では、30年以上にわたって百寿者、超高齢者(85歳以上)の研究を継続しています。百寿総合研究センターは2014年に設立され、世界最大級の百寿者調査を通じて、科学的根拠に基づく健康長寿の秘訣に迫る研究を進めています。

https://www.keio-centenarian.com/

新井 康通(あらい・やすみち)氏 慶應義塾大学医学部百寿総合研究センター センター長 英国ニューカッスル大学加齢健康研究所客員研究員、慶應義塾大学医学部内科学(老年内科)助教、同大医学部百寿総合研究センター専任講師などを経て、2021年より現職。同大看護医療学部教授兼任。百寿者、スーパーセンチナリアン、85歳以上の高齢者の研究を通して健康長寿のメカニズムの解明とその社会実装を目指している。

Q.100歳の方は、身体的にどのような状態にあるのでしょうか?

(新井教授)

私たちは2000年から東京都健康長寿医療センターと100歳の方を対象にした研究を進めてきました。2000年当時、東京都の100歳の方の人数は全部で1300人くらい。そのうちの約300人を調べてみると、100歳時点でも2割の方は、自立した生活をしていました。

2000年だとまだ介護保険で要介護割合がわかる状況ではなかったのですが、話を聞いていくと、2割の方は、身の回りのことが自分でできるという状態でした。

実際には、同じ100歳でもいろんな人がいます。その中でも特に健康な人たちは、100歳を超えてさらに長生きする傾向がありました。そこで、健康長寿の秘訣に迫るために、105歳以上の方を対象にした全国超百寿者研究を始め、さらに110歳以上の方(以下、スーパーセンチナリアンと呼ぶ)の研究にも取り組んでいます。

「110歳以上の方」と「105歳~109歳の方」と「105歳未満の方」で、100歳時点での日常生活活動度や認知機能を比べると、長く生きている方ほど日常生活の活動度も認知機能も高くなっていました。110歳以上の方は、100歳の時点で自立した生活を送っていて、認知症もみられませんでした。

スーパーセンチナリアンの追跡調査から、心疾患に関連する分子の血中濃度が低いほど、110歳以上に到達する可能性が高いことがわかりました。

健康長寿の人たちの生物学的な特徴として、心臓、血管、動脈などの循環器系が丈夫だということがあります。生体の変化を測る指標をバイオマーカーというのですが、循環器系の老化についていろいろ調べてみました。最終的に寿命に影響があるのは、NT-proBNPという心臓のマーカーでした。この値は運動習慣によって改善する傾向にあるようです。仮説ですが、究極的に寿命に効いてくるのは、循環器の老化ではないかと考えています。

※ 新井教授から頂いた資料から抜粋

老化には、いろんな定義があるのですが、その一つに、「機能の低下」があります。活力の低下、歩行速度の低下などもありますが、心臓の機能とか腎臓の機能の低下も含みます。健康長寿の方は、スローエイジングと言われ、循環器の機能や認知機能の衰えが、他の人と比べて、非常にゆっくりです。

なぜこれらの人は認知機能も生活機能も維持されているのかを考えていくと、細胞や遺伝子レベルの話になります。

細胞レベルでも、百寿者やスーパーセンチナリアンには特徴がみられます。細胞は分裂するごとに、細胞のテロメア(染色体の末端に存在する部分)が短くなるので、テロメアが短くなっているほど細胞は老化していると考えられます。

通常は60歳、70歳、80歳と歳をとるにしたがってテロメアが短くなっていくのですが、100歳以上の方は、細胞の老化度合が80歳くらいで止まっているのです。

最近では「生物学的な年齢」を算出する研究も進んでいます。

2013年にカルフォルニア大学のホーヴァス教授が、遺伝子の353か所のメチル化状態を調べると、生物学的な年齢を算出できると発表しました。

私たちは、岩手医科大学いわて東北メディカル・メガバンク機構、KDDI総合研究所との共同研究で、日本人の遺伝子情報から生物学的な年齢を算出する手法を開発し、百寿者の生物学的な年齢を計算しました。

すると、百寿者では生物学的な年齢が若く維持されていることが確認できました。

生物学的な年齢の測定は、まだ研究レベルなのですが、海外では人間ドックに取り入れているところもあるようです。

現時点でも、生物学的な特徴がいろいろとわかってきています。しかし、なにがどのぐらい寿命にインパクトを与えるのか、という点になるとまだまだこれからだというのが実際のところです。

Q 100歳の方は、性格的にどのような特徴があるのでしょうか?

(新井教授)

性格の五つの因子でみると、百寿者は「誠実性」「外向性」「開放性」が高い傾向が見られました。

これらの性格が長寿に関係については、仮設ですが、このように考えています。

「誠実性」というのは決めたことをきちんと守る性格です。先日調査でお会いした100歳の方は「自分はこの体操ずっと毎日やっています」とおっしゃっていました。 体にいいものを、毎日食べ続ける。よい習慣を続けることに、誠実性は関係しているのだと思います。

「外向性」と「開放性」は、ボランティアや趣味の集まりなど、いろんなコミュニティに参加したり面倒見がよくて、いろんな人、若い人とも友達になれる。新しい刺激を受けて、活動的になることが長寿に影響しているのではないでしょうか。

Q. 100歳の方の生活には、どのような特徴があるのでしょうか?

(新井教授)

「食生活の面では、たんぱく質を食べている人のほうが長生きする傾向にあります。

若い人は肉ばっかりなどたんぱく質をとりすぎるとよくないのですが、年代によって身体が変わってくるので、年代が高くなってくると骨格筋の維持やフレイルとかサルコペニア*を防止するためにも、たんぱく質を摂る方がよいようです。

たんぱく質といってもお肉ばかりではなく、魚や大豆や植物などバランスよく摂ることが勧められます。

*フレイルは加齢に伴い身体の予備能力が低下し、健康障害を起こしやすくなった状態、サルコペニアは、筋肉量が減少し、筋力や身体機能が低下している状態のことです。

医療の面ですが、このグラフは亡くなる直前一年間の医療費について、年齢別に見たグラフです。

黄緑が100~104歳の方、赤が105~109歳の方です。これでみると、黄緑と赤がすべてのグラフで一番低くなっていることがわかります。つまり、百寿者は、医療費がそんなにかからないということです。もちろん、歳をとるにしたがって手術や抗がん剤治療を避けるようになるというような傾向も関係しているとは思いますし、介護費用まで含めるとかかる費用が変化する可能性はありますが。

死亡前年の年齢階級別の未調整および調整後の医療費の中央値

※ 新井教授から頂いた資料から抜粋

Q 健康寿命を延ばすために重要なことは何でしょうか?

(新井教授)

ピンピンコロリとよく聞きますが、寿命いっぱいまで健康寿命を延ばすのは難しいですよね。それでも、そのギャップを少しでも縮めようという努力をしていくのが一つ。

もう一つは、どうしても衰えてくることに関して、テクノロジーで支えるというアプローチもあります。例えば、衰えは最初に脚に来やすい。85歳の方に、園芸や盆栽はできるけれど脚が悪くて友達に会いに行くことはできなくなってしまったという方がいました。

そのように機能が衰えた方でも、歩行をサポートするテクノロジーによって生活活動をできるようにするというようなイメージです。

身体機能・認知機能が高いほうが幸福感は高いのが普通です。

しかし、実際には、身体機能が落ちると必ずウェルビーイングが落ちるというわけではありません。そこには乖離があるのです。

健康だけを目標にすると、どこかの年代でどうしても衰えを感じることになります。

その時に諦めるかって言っても、人間は生きていて、その人生はまだまだ続いていきます。

だからこそ、健康が損なわれてきた時でも、身近な人との関係や考え方で、幸福感を落とさないで長続きさせていくことが大事になると思います。

プロフィール
副所長
田中 卓
95年博報堂入社。23年から100年生活者研究所副所長。
一人ひとりが100年間の人生を、100%生ききることができる社会を目指し、
研究に取り組んでいます。
共著に『マーケティングリサーチ』。