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2026.01.20

人生は「不足」がデフォルト。 だから行動を工夫する。

新世代の認知行動療法、ACTのアプローチについて

いやな気分のままで、ウェルビーイングに生きる

私たち100年生活者研究所の調査によると「100歳まで生きることは、不安が増えること」と考える人は60%。これは「100歳まで生きることは、チャンスが増えること」との回答する人(29%)のおよそ2倍です。日本では、長生きする将来に向けて「不安だ」と考える人が明らかに多い状況にあります。*1

また、老後ほど遠い将来でなくても、将来に対しては様々な不安が生まれています。

たとえば、AIなどの技術の急激な進化は、生活を便利にする一方で、将来の雇用に対する不安を高めています。5年後も自分の仕事は大丈夫だ、と言い切れる人は少ないのではないでしょうか。

最新の、内閣府の「国民生活に関する世論調査」(令和6年調査)では、今「不安を感じている人」が78%に上ることがわかっています。*2

今回は、「不安やストレスと折り合いながら、うまく生きる」ための実践的な手法、「ACT(アクセプタンス&コミットメント・セラピー)」について、同志社大学心理学部の武藤崇先生にお話を伺いました。武藤先生は、日本におけるACT研究の第一人者であり、行動分析学(特に、臨床心理学の分野)の研究をベースに、ACTの実践にも取り組まれています。

WHOも認める世界標準のエビデンスと、日本人のメンタリティへのなじみやすさ。その両面を併せ持つACTとはどのようなアプローチなのでしょうか。

(聞き手 100年生活者研究所)

1.ネガティブ思考をうけいれ、日本人になじむACT

――先生、今日はよろしくお願いします。最近、ウェルビーイングやメンタルヘルスの領域で「ACT(アクト)」という言葉を耳にする機会が増えました。そもそもACTとは、どういうものなのでしょうか?

武藤先生(以下、武藤): ACTはアクセプタンス&コミットメント・セラピー(Acceptance and Commitment Therapy)の略で、認知行動療法の「第三の波」と呼ばれる新しい手法です。従来の認知行動療法が、ネガティブな思考や認知を「ポジティブに変えよう」と「修正、変容」させる傾向があるのに対し、ACTは思考や感情を無理に変えず、ネガティブな思考や認知をそのまま「受け止め(アクセプタンス)」、どう生きるかという「行動」を重視します。

――「ポジティブに変えよう」考えられてきた中で、なぜ「ネガティブな思考を変えなくていい」というように変化したのでしょうか?

武藤: それまでの認知行動療法では、「ネガティブな思考や認知を書き換えれば、感情や行動も変わる」と考えられていました。しかし、現実には「ネガティブに考えないようにしよう」と意識しても、その思考はしつこく浮かんできます。逆に、抑え込もうとするほど余計に強く感じることが研究の中で分かってきたんです。

ACTでは、「思考や感情を完全にコントロールできると考えること自体も、人を苦しめている」と考えます。人間であれば、不快な感情やネガティブな思考が自然に生まれるのは、ある意味、当たり前のことです。それを「なくそう」とするほど、逆にその感情と思考に囚われてしまう。ACTの研究の中で、むしろ感情と思考を「無理に変えようとしない」で、「そこにとらわれず、かかわり方を変える」ことのほうが、はるかに現実的で役立つ、というエビデンスが積み上がってきたのです。

そのため、ACTでは「ネガティブな考えが浮かぶこと」を否定しません。それをそのまま認めた上で、「じゃあ、どう生きる?」という行動の選択にフォーカスするアプローチをとります。

――ACTは、WHO(世界保健機関)でも、活用されていると伺いました。

武藤: ACTは世界中で検証(ランダム化比較試験)が行われていて、1,000件以上の研究の蓄積があります。 WHOでは、ストレス管理や難民支援などのプログラムでACTの手法が活用されていますし、イスラム圏など文化背景の異なる地域でも効果が確認されています。今では、地域や文化を超える、極めてユニバーサルなアプローチといえるでしょう。

――世界標準のメソッドなんですね。では、日本ではどうなっているのでしょうか? 私たちの調査では、日本人は幸せや将来の不安に対する態度が、海外と異なる傾向がありました。セラピーに対する態度も異なるのかもしれないと感じたのですが。

武藤: 実はACTの発想って、日本人にはものすごく馴染みやすいんです。 ACTが重視する「アクセプタンス(受け止める)」や「今、この瞬間との接触」といった概念は、もともと仏教やそれに由来するマインドフルネスに近い部分があります。また、日本には明治時代から「森田療法」という日本独自の心理療法がありますが、これも「あるがまま」を受け入れることを説いていて、ACTと非常に発想が近いんです。

――なるほど。アメリカで生まれた新しいアプローチでありながら、実は日本人がなじんできた考え方にも近い部分があるのですね。

武藤: そうなんです。仏教に「諦念(ていねん)」という言葉がありますが、これは現代語のネガティブな「諦める」という意味ではなく、語源は「明らかにする」です。冷静に現状を認識して、執着を手放す。 ACTは、この東洋的な叡智を、行動分析学という西洋の科学的フレームワークで再パッケージしたものだと言えるかもしれません。そのため、日本でACTについて説明をすると、「その考え方は、昔から知ってたよ」とおっしゃる方が多いんです。だからこそ、ACTは日本社会に取り入れられやすく、効果を発揮しやすいのではと考えています。

2.人間は「足りない状態」がデフォルト。「冷蔵庫の残り物」で工夫する

――たしかに、日本人と日本社会に馴染みやすそうです。とは言っても、「冷静に現状を受け入れる」のは簡単ではないと思います。ACTでは、具体的にどのように生活に取り入れればよいのでしょうか。

武藤: まず前提として認識してほしいのは、「人間は、不足しているのがデフォルトである」ということです。 「お金が足りない」「能力が足りない」「時間が足りない」「人手が足りない」。これが普通の状態であり、すべての人間の標準設定なんです。

特に、成長期を過ぎた今の日本や、機能が衰え行く高齢期に入った人は、この「不足」がより身に染みて感じられるようになります。その時に、不足しているのが当たりまえだと考えられることが大事なんです。

――確かに、人生で「すべての必要なものがそろっている状態」なんて、なかなかないですよね。なのに、私たちは「足りない」ものをなんとか用意しようとしてしまいます。

武藤: そうですよね。多くの人は、若さ、健康、富といった「理想の食材」が揃わないと料理ができないと嘆きます。でも、料理しないで放っておくと冷蔵庫の中身は確実に悪くなっていきます。 そこで、ACTでは、「ないもの」ではなく「あるもの(残っているもの)」に着目するという「視点の転換」を行います。これを「心理的柔軟性」と言います。

たとえば、「食材が減ったから料理できません」と店じまいするのではなく、「お、まだ玉ねぎと卵が残ってるじゃないか。これで最高のオムレツを作ってやろう」と工夫するようなことです。

失った機能や過去の栄光に執着するのではなく、「今、手元にあるリソース(余り物)」を最大限に活かして、いかに美味しい料理を作るか。それがウェルビーイングの本質といえるのかもしれません。

――先ほどの「諦念」が大事ですね。

ただ、実践するのは難しそうですが。

武藤: おっしゃる通りです。たとえば、過去の成功体験やプライドにしがみついて、「あの頃に戻りたい」と苦しんだりすることがあります。スポーツ選手のセカンドキャリアなどと似ているかもしれません。でも、「輝いていた、あの頃」に戻りたくても、戻れない。そういうときは「今、手元にあるものをじっくりと見て、残すものと捨てるものを明らかにする」つまり「諦めることが大切になります。執着してしまっている「過去」を手放し、「今」に向き合う。これは痛みを伴いますが、避けては通れないプロセスであると考えられています。

3.ACTは「ダンス」。6つのプロセスを行ったり来たりする

――「あるもの」で料理をするために、ACTには具体的な手順があるのでしょうか?

武藤: ACTには「ヘキサフレックス」と呼ばれる6つのコア・プロセス(図参照)があるんですが、これを「1つ目をクリアしたら2つ目へ」と段階的に進むものだと誤解している人が多いんです。 でも実際は違います。

ステップを順番に踏むのではなく、螺旋階段を登るように、あるいは太極拳のように、行ったり来たりしながら動的に進んでいくイメージです。 これは「ACTダンス」と言われています。たとえば、「価値(=人生や生活において、その人が大切にしているコト)」に基づいて「行動(コミットメント)」しようとすると、必ず不安や恐怖といった「邪魔者」が出てきます。そうしたら、その邪魔者を「アクセプタンス」や「脱フュージョン」でいなして、また行動に戻る。 進んでは戻り、いなしては進む。この動的なプロセスの繰り返しこそがACTなんです。

――まさに、プロセスという言葉の印象で6つを順に進めるものだと誤解をしていました。6つを行ったり来たりしながら動的に進め続けるという意味でのプロセスなのですね。この6つのプロセスの中には、アクセプタンスに該当するものと、コミットメントに該当するものがあるようですが、スタートはどこからでもよいのでしょうか?

武藤: よく「アクセプタンスしてからコミットメントするんですよね?」と聞かれますが、そうとは限りません。アクセプタンスとコミットメントは表裏一体で、「アクセプタンス」が高まれば「コミットメント(行動)」が増えやすくなるし、逆に行動を起こすことでアクセプタンスが促進されるようになるという関係にあります。この2つは同時に高まっていくもので、因果の関係というよりは双方向の関係なんです。 だから、名前も「Acceptance AND Commitment Therapy」なんです。この「AND」がとても重要なんです。

なので、コミットメントのアクションから始めてもらってまったく問題ありません。たとえば落ち込んでいる時に、「やる気が出たら動こう(メンタルが回復したらアクションする)」と思っていると、なかなか動けません。ACTでは、気分が悪くても、不安でも、とりあえず動くことを推奨します。 行動分析学的に言えば、動いた結果として何かが起き、それが楽しければ、後から気分がついてくる。だから、「アクションを続けない限り、人生は後退してしまう」のです。

思考のラジオを聞き流す

――「気分が悪かったり、不安な状態で動く」というのは難しそうです。そんな時に、どうすれば動きやすくなるのでしょうか?

武藤: 大切なのは「自分と思考との間に距離を取る」ということです。私はよく「つけっぱなしのラジオ」に例えます。「お、また頭の中で『お前にはできない、ラジオ』が放送されているな」と客観的に気づくこと。ラジオを無理に消そうとするとエネルギーを使うので、BGMとして流しっぱなしにしたまま、手元の作業に集中する。完全に客観視することは人間には無理ですが、思考や言葉に巻き込まれず、「ああ、そういう思考があるな」と距離を取る。この「脱フュージョン」ができれば、不安を抱えたままでも行動できるようになります 。

――「思考がそのまま現実ではない」と考える、ということですね。

武藤: そうです。さらに進むと、「観察する自己」という視点が生まれます。これは、自分のことを「ヒトゴト」のように眺める感覚です。「お、今の自分、結構テンパってるな」「お、冷蔵庫の中身が減って焦ってるな」と、自分を他人事のように面白がる視点。これが持てれば、人生をメタ(俯瞰)的な視点から楽しめるようになります。

5. 人生は「楽しんだもの勝ち」

武藤: 多くの人は人生で「ゴール」を大事にしすぎていると思います。お金持ちになる、とか、有名になるというゴールを目指す、みたいに。しかし、ACT的な観点で言えば、人生では「プロセス」の方がはるかに大事なんです。

――ゴールという結果ではなく、そこに至るまでのプロセスが大事なのですね。

武藤: ここでよく引用するのが、昔のアニメの例です。 そのアニメの主人公は、「永遠に生きられる機械の体」を得るために旅に出るのですが、最終的には「機械の体なんていらない」と考えるに至ります。「機械の身体の獲得というゴールを目指して列車に乗ったはずなのに、過ぎてみると『旅のプロセスであった出会いや体験』こそが大切なものだった」と気づくわけです。つまり、基本的なストーリーラインは、メーテルリンクの『青い鳥』です。元も子もない言い方をすれば、人は、生まれて、死ぬだけです。つまり、人生は「その間」をどう過ごすかの方が重要となるわけです。そのように考えると、生きている「その間」を楽しんだ人が、もっとも「幸せ」と言えますよね。

――自分が生きている「今、この瞬間」に注目するということですね。先ほどのマインドフルネスと近い考え方でしょうか。

武藤: その通りです。ACTの研究でも、ゴールではなくプロセスに注目したほうが、結果的にウェルビーイングが高まることが分かっています 。人生100年時代、いつか来るゴールのために「今」を犠牲にするなんてナンセンスです。雨が降れば雨宿りし、晴れたら歩く。冷蔵庫の余り物で工夫する。そのプロセスの一つひとつを味わい尽くすことこそが、最強の生存戦略だと思います。

「価値」の蜘蛛の巣を広げる

――日々の生活の中で、何を意識すれば、生きていくプロセスを楽しめるのでしょうか?

武藤「価値への気づき」を絶えず継続し、さらに拡大していくことです。「価値」というと大層に聞こえますが、私は「所ジョージさん的なノリ」でいいと言っています。 他人には理解されなくても、自分だけは「グッとくる」ポイント。くだらないようだけれど楽しめていること。その中に自分が大切にしているコトが何なのかを探っていく。そして、明らかになった「自分にとって大切なコト」をコンパスとして、人生を歩んでいく。

――自分だけの「グッとくる」ポイントですね。

武藤: 具体的な見つけ方として、自分の行動を仕分けすることをお勧めします。 「よくやっている行動」を書き出して、それを「ワクワクするか」、「やれやれと思うか」で仕分けるんです。 そして、ワクワクする行動に「動詞」をつけてみる。「作る」「集める」「育てる」とか。もし「料理を作る」のが楽しかったなら、その「作る」という動詞を入り口に、「じゃあ、日曜大工で『作る』はどう?」と展開していく。

――なるほど、動詞で広げるんですね!

武藤: そうして、価値に基づく行動をクモの巣のように放射状に広げていくことが重要です。 興味を広げる糸が一本だと、それがダメになった時に他に行けません。だから、釣り、推し活、散歩、料理…と、ネットを広く張っておく。どれか一つがダメでも、別の糸が支えてくれる状態を作るんです 。

――Willハラスメントという言葉を聞くように、「やりたいことが見つからない」という人に「やりたいこと」を聞いていくのもストレスになりそうです。

「やりたいことが見つからない」という人がいたら、カウンセリングの現場ではどうするのでしょうか?

武藤: そういう人は、「過去の行動を復活させる」ところから始めます。 「昔、何に没頭していましたか?」「子供の頃、何が好きでしたか?」と掘り起こして、それを再開してみる 。「今週やること」が書かれたミッション・カードを引いてもらって、ゴミ拾いでも何でも強制的に新しい行動をやってもらうこともあります。それでも見つからない場合、時には「騙されたと思ってやってみてください」というお願いをすることもあります(笑)。

行動分析学では、やる気があるから動くのではなく、動いた結果、何かが起きて楽しくなると考えます。だから、まずはアクション。絶えず新しいことに挑戦し、自分の「蜘蛛の巣」をメンテナンスし続けること。継続的な行動と改善が、人生を豊かにする一つの道だと思います。

――なるほど。日常生活の行動を変化させることがカウンセリングでもとても重要なのですね。カウンセリングではないのですが、私たちも「人生100年時代をウェルビーイングに生きていく人を増やしたい」と思って活動しています。人にアプローチする上で重要なことは何でしょうか?

武藤こちらが学ばせようとすると上手く行かないようです。こちらの意図をクライアントは敏感に感じるんです。また、早く成果をだそうとすると失敗することが多いです。クライエントさん自身が主体的に気づくようにすることが大事です。そのためにACTでは、いろいろと工夫した支援の仕方を研究しています。

7. 雨宿りしながら、「バッチ・こい」の精神で

――まずは行動。そしてくだらなくても「グッとくる」ポイントを探す。

それが人生100年時代のウェルビーイングに必要なことですね。

武藤: 人生、生きていれば必ず雨は降ります。ACTは「雨を晴れに変える魔法」ではありません。「止まない雨はない」と信じて、雨宿りしてやり過ごすようなアプローチです。 押してダメなら引いてみる。無理に戦わず、エネルギーを溜めておく時期があってもいい。

そして、困難に直面したときには、Willingnessの精神が重要となります。日本語でいうと「バッチ・こい」の精神。 野球の守備のように、ボール(困難)が飛んでくること自体は避けられない。だったら、腰を落として「バッチコイ!」と構えて、どう打ち返すかに集中する。 「お、また冷蔵庫の中身が減ったか。じゃあ今度はこの余った食材で、どう料理してやろうか」と。

「不足」がデフォルトだからこそ、人生には工夫が必要です。過去を手放し、今「あるもの」に着目して、「グッとくるもの」を探し続け、広げていく。そして「バッチ・こい」の精神があれば、100年という長い旅路も、きっと悪くないものになるはずです。

(了)

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これから、100年生活者研究所と武藤先生は、「不安な多い社会をウェルビーイングに生きていくための研究」に共同で取り組んでいきます。研究の進捗はこちらのWEBサイト、リリースにて発信していきます。ご期待ください。

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武藤 崇(むとう たかし)

同志社大学心理学部教授。博士(心身障害学)。専門は行動分析学、臨床心理学。 1998年筑波大学大学院修了。日本におけるACT(アクセプタンス&コミットメント・セラピー)研究のパイオニアであり、『ACT:不安・ストレスとうまくやる メンタルエクササイズ(主婦の友社)などを通じて普及に尽力。 現在は、介護者支援、ダイエットプログラム、オンライン支援など、現代社会の課題に対し、ACTを用いた実践的な解決策を研究している。

プロフィール
副所長
田中 卓
95年博報堂入社。23年から100年生活者研究所副所長。
一人ひとりが100年間の人生を、100%生ききることができる社会を目指し、
研究に取り組んでいます。
共著に『マーケティングリサーチ』。