2025.08.15

【連載】 なぜ『感情ハック』を研究するのか

感情ハック 連載vol.0

「感情をハックする」と聞くと、あなたはどんなことを想像するだろうか。

マインドコントロールのような怪しくて胡散臭いイメージが湧くかもしれないが、実際にはもっと身近で日常的なことを指している。「感情ハック」とは、感情を意図的にコントロールする技術や方法のことである。

感情は外界に左右される

私たちの感情は外界の影響を大きく受ける。例えば、だれかに褒められると喜び、けなされると悲しむ。ドラマを観て悲しくなったり、切なくなったり。音楽を聴いて明るいきもちになることもよくある。私たち博報堂が作っているCMもビールを飲みたい・こんな家に住みたい・素敵な服を着たい、そんなきもちになってもらうために制作しているものが多い。

これまでも、人と接するとき、メディアに触れるとき、私たちは感情を多少なりとも左右されてきたが、大きく状況が変化したのがスマートフォンとインターネットの常時接続化の登場だ。

スマホ以降の大きな変化

企業は、いつでもユーザーごとにその時間・居場所に合わせたメッセージを発することができる。これまでのユーザーの行動履歴や時間・場所がわかれば、そのときのユーザーのきもちに応じて広告を出し分けることができ、いまこの瞬間の欲望を喚起する技術が日々開発されている。

SNSやECサイトでは、ユーザーの趣味・嗜好に合わせてコンテンツや商品を出しわけ、生活者を沼らせるのが大得意だ。見るつもりもなかったショート動画を見続け、気づいたら1時間経っていた、という経験は多くの人がしている。

政治や社会問題で、ファクトに基づいた議論よりも感覚的・直感的に議論がされるケースが散見されるようになった。誤った情報は事実に基づいた情報よりも拡散スピードが約6倍速い、という研究結果もある(※)。一度ついたイメージを覆すことは難しい。

一方で、生活者も自ら進んで自分の感情をハックしようとしている側面がある。ネガティブなことは人に言いたくないから、愚痴は人に言わずAIに言い続けている人がいる。音楽を「いま自分がなりたい気分になるためのサプリ」として聴く人がいる。広く見れば、マインドフルネスやアンガーマネジメント、サウナブームもその一端と言えるかもしれない。

「コンテンツ消費」という言葉がある。消費というからには何かが減っているのだが、何が減っているのだろうか?おそらくそれは「そのコンテンツが自分の感情を揺さぶる機能」だろう。お笑い芸人のライブを観て大爆笑したら、二度目に観たときは一度目ほどには笑えないことが多い。それはそのコンテンツの「感情を揺さぶる機能を消費した」と言えるだろう。

このように、企業も社会も生活者自身も感情をハックする動きが強まっている。昔からそれはあったのだが、テクノロジーの発展でそれがより容易になっていると言える。

このシリーズの目的

シリーズ「感情ハック」では、「技術・メディア・社会の変化により、人々の感情はどのようにハックされたり・自らしたりしていて、その結果としてどんな影響を受けていくのか」を様々な人々と対話しながら模索していく。

その際、以下の点に留意しながら、研究開発を進めていく。

○善悪を簡単に断じない

先に記したように、感情はこれまでもハックされてきた。また、生活者が自分の感情をハックすることもある。感情ハックは功罪さまざまな側面があるが、それを簡単に断じて決めつけるのではなく、そのような社会状況になっていることを認識した上で、主体性を他者に奪われずに手元で持ち続けることを大事にする価値観で研究していく。

○研究で終わらせない

現状を分析して終わりにせず、様々な企業や組織と手を組み、この社会に実装するソリューションやアクションに繋げていくことを目指す。

○対話を重視する

有識者だけでなく、企業や生活者のみなさんと対話を進めながら(何より私たち自身もまた生活者である)、あるべき「感情ハック」を検討していく。

いろんな方とぜひ議論や協業をしていきたいと思っています。興味ある方はご連絡ください。また、シリーズ「感情ハック」の今後の記事や活動をどうぞよろしくお願いします。

(※)Vosoughi, S. et al. (2018). The spread of true and false news online. Science, 359, 1146-1151.

研究メンバー:生活者発想技術研究所 滝口勇也・十河瑠璃・田中量司

協力:博報堂・メディア環境研究所 山本泰士

プロフィール
滝口勇也
上席研究員&クリエイティブファシリテーター
2003年 博報堂入社 ​
クリエイティブファシリテーター/インタビュアー/編集者/アナログゲームプランナー/恐怖クリエイター/ライター​/上席研究員
事業・ブランドの未来のイメージの解像度を上げ、実現したくなる・動きだしたくなる・共感するものにする。​
受賞暦 ACC、Spikes Asia、D&AD Pencil、Adfest、イベントアワードなど​