皆さんは、時代とともに変化する「面白さ」の価値観について考えたことはありますか。SNSの普及や多様なコンテンツがあふれる現代において、「何が面白いのか」「どんな面白さが求められているのか」という点は、私たちのコミュニケーションやコンテンツ消費に大きな影響を与えています。かつては許容されていた表現が批判の対象になったり、逆に思わぬ視点からの発言が大きな共感を呼んだりする光景を、日々目にするようになりました。
本稿では、現代の生活者がどのようなことを「面白い」と感じるのかを分析し、面白さの新たな潮流に注目します。私たちが現代に求める「面白さ」と、その背景にある社会の変化や人々の意識を探り、これからの時代に求められる「面白さ」の形を考察していきたいと思います。

「あなたが普段『面白い』と思う人の傾向として、あてはまるものをいくつでもお選びください」という形で、10〜70代男女829名に対し複数カテゴリからの選択式で回答を求めました。回答を集計した結果、男女ともに最も多く支持を集めたのは言葉遊びやジョークなどの「ユーモア系」。次いで、独特な個性やキャラクター性を示す「キャラクター系」、そして日常に潜む面白さを示す「観察系」が続きました。やはり、現在形で「面白いと思うもの」を聴取すると、お笑い番組で芸人が披露するような「ぱっと見で面白いとわかる、瞬発力のある面白さ」が上位にあがってくるようです。
また、面白さをより多面的に分析するために、今後広がっていってほしい面白さについても聴取し、今の面白さと今後広がっていってほしい面白さを比較して分析しました。
その結果、知識・教養系(知的なユーモアや専門知識)の笑いのスコアが、今の面白さ(16.3%)から今後広がっていってほしい面白さ(29.0%)へ12.7ポイントと最も増加していることが分かりました。


ぱっと見てわかるような面白さが人気を集める反面、「知識・教養系」の面白さがランクインした背景としてどんなことが考えられるでしょうか。
「面白いと思う人」に対する自由回答をみていくと、次の3つの仮説が浮かんできました。

ここからは、3つの仮説を詳しく見ていくことで、知識・教養系の面白さが求められている理由を考えてみたいと思います。
「どんな面白さが広がってほしいか」という問いに対して、「知的な面白さ」が上位に挙がった背景には、いまの社会で「誰も傷つけない笑い」を大切にしたいという意識が広がっていることが考えられます。

従来の「いじり」や「ディスり」を笑いの手法とするスタイルへの違和感や拒否感についての声が聞かれました。パワハラやセクハラなどへの意識が高まるなかで、テレビでも相手を叩いたり、過剰にいじったりする演出は減り、生活者の間にも「言葉の暴力は良くない」という考えが広がっています。だからこそ、相手を傷つけず、「なるほど」と知識の肥やしとなるような知的な笑いが、より求められているのではないでしょうか。
また、ほかには自分自身にキャラ付けをする人に面白さを感じているコメントが見られました。

SNSなどで、誰でも自分を主役にして発信ができるようになりました。一方で、膨大なコンテンツのなかで注目を得るためには、なるべく短く・分かりやすい発信をする必要があります。
例えば、「私は〇〇する△△△」という自己紹介を冒頭でする動画コンテンツを見たことはないでしょうか。また、MBTI診断の流行により自分自身を分類し、「仲介者」や「エンターテイナー」というように語る人が増えています。これらの例から、自分をキャラ付けして発信することが求められていると考えました。
そして、キャラ付けを行うためには、自分を短く・分かりやすく紹介するための「知的さ」が必要になるのではないのでしょうか。このような背景から、知識・教養系の笑いが広がってほしいと考えている人が多いと考察しました。
「どんなところが面白いと思うか」を問うと、「違う見方を教えてくれる」「着眼点が普通と違う」「考え方が自分と違って面白い」といった声が多数寄せられました。

これらのコメントからは、単なる笑いだけでなく、その背景にある思考のプロセスや、新たな発見をもたらす視点への敬意と憧れが表れているように感じます。
SNSが日常生活に深く浸透した現代において、私たちは膨大な情報と常に接しています。その中で、単に面白い出来事や映像を羅列するだけでは、人々の記憶には残りません。むしろ、その面白さの核心を的確に言語化したり、誰もが気づかなかったような独自の視点から物事を解釈したりする投稿が、爆発的な「バズ」を生み出す傾向にあります。 だからこそ、「クリエイティブな発想」や「物事を多角的に捉える視点」に対して、強い関心と憧れを抱く人々がいるのだと捉えることができるのではないでしょうか。
ここまで、「知識・教養系」の面白さが求められる背景を考察してきました。
仮説③で触れたことに重なりますが、現代社会はAIの急速な進化や情報技術の発展により、これまで人間が行っていた既存の知識の処理やルーティンワークの多くが自動化されつつあります。このような時代において、人間ならではの「創造性」や「発想力」の価値は、これまで以上に高まっているといえるでしょう。生活者が求める「面白さ」の背景には、正解がない時代にあって、既存の知識を単にインプットするだけでなく自ら問いを立て、新たな価値を生み出す「知性」を求める潮流がうかがえます。
社会全体が「問いを立てること」を面白いと感じるようになれば、あらゆる人々が日常の中に課題や改善の種を見つけ出し、創造的なアイデアを発信するようになるかもしれません。それは、ビジネスの世界だけでなく社会のあらゆる場面で、大小さまざまなイノベーションが生まれる土壌を育むことにもつながるのではないでしょうか。
そして、「生活者の新しい幸せ」という観点では、「消費」から「創造」への移行が考えられるのではないでしょうか。これまでの幸せがブランド品を所有したり、人気な場所を訪れたりといった「消費」によって得られるものだったとすれば、これからの幸せは、自らの問いから何かを学び、考え、表現し、新しい価値を「創造」するプロセスそのものに見出されるようになるでしょう。たとえ小さなことであっても、自分の知的好奇心から生まれた問いを探求し、自分なりの答えや作品を生み出す経験は、お金では買うことのできない深い満足感と、揺るぎない自己肯定感を与えてくれるのではないでしょうか。
