2025.12.16

「映え」の次は「整合」

後ろ姿で語る時代の“顔の使い方”
博報堂では社員による「共創研究員制度」を設け、“生活者発想による新しい幸せ”について研究した成果をまとめ、記事としてお届けしております。

インスタは「置き場」から「語り場」へ

SNSの主戦場は“盛った一枚”よりも、“意味のある一枚”にゆっくり舵を切っています。連続的に流れる縦型ショート動画に溺れ、ゲリラ的にBe Realを投稿し、検索結果にもSNS投稿が現れる時代。私たちはいつの間にか、SNS上の自分を偶然の断片ではなく、連続した物語として管理するようになりました。

同時に、生活者の感度は鋭くなっています。写真一枚に含まれる「意図」や「立場」を嗅ぎ取る力が上がった。だからこそ、軽い自慢や私的な喜びでも、受け手にどう読まれるかを気にかける—そんな“読み手想像力”が日常化しています。本調査の自由回答にはその空気がはっきりと現れました。

  • 「自己満すぎて」

  • 「黒歴史になりそう」

  • 「誤解を与えるかもと思った」

  • 「旅行の家族写真を載せようと思ったが、プライバシーや見た人の反応が不安でやめた」

この“読み手想像力”は、若者の創造性を鍛える一方で、投稿ボタンの手前で親指を止める力にもなっているのではないでしょうか。ここに、今回の調査を始めた出発点があります。私たちが知りたかったのは、投稿の賛否ではなく、意思決定のプロセスです。なぜ投稿するのか、なぜやめるのか。特に“顔を出す/出さない”という微妙な線引きの内側に、今の生活者の倫理や礼儀、そして将来の兆しが宿っている—そう考えたからです。

今回、私たちは若者たちのInstagram投稿における意思決定プロセスを深掘りする調査を実施しました(n=124、10代女性・20代女性)。

対象者:10代〜20代女性 124名

その結果、「載せようと思ったがやめた」経験は74.2%(「全くない」25.8%)と、もはやためらいは例外ではなく、プロセスの一部となっていることは明らかです。そして、そのためらいの要因は“インスタ映え”よりも“語るべき意味”でした。ここに若者の新しい投稿倫理を見つけました。

この投稿、意味あるの??

調査によると、実に7割以上の人が、写真を投稿しようと一度は思ったものの、結局やめてしまった経験があると回答しました。この「投稿断念」は、若者たちにとって珍しいことではない、ごく日常的な出来事なのです。

なぜ彼らは投稿を断念するのでしょうか。

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投稿断念経験者の理由【複数回答】

対象者:10代〜20代女性 92名

投稿断念経験者の理由【FA】

  • 「自分は楽しかったけど、ただの自慢になるのではと考えた]

  • 「ごはんの写真、写真だとみすぼらしく見えてしまうのでやめた」

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最も多かった理由は、「投稿する意味があるか悩んだ」(22.2%)でした。これに続くのが「フォロワーにどう思われるか不安だった」(15.9%)、「自分の写りが気に入らなかった」(14.8%)という、より直接的な自己評価や他者評価に関する理由です。

この結果から「承認欲求の表明」だと冷ややかに見られることへの恐れは、投稿断念の理由になっていている一方で、最も大きな懸念は、「これを投稿する意味が自分の物語に接続していない」こと。現代の若者にとって、投稿における意思決定の重心は「見られ方」より「語れるか」にあるのかもしれません。

若者の「ナルシー回避設計」— 存在を薄め、時間に逃がす、文脈で包む

「自分が写る写真」をまったく載せないは57.3%。つまり42.7%は他者からの見られ方は気になりつつ、投稿はします。どうやって“自己顕示っぽさ”を回避しているのでしょうか。

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「普段、自分が写っている写真を投稿する」層の写真の “選び方”

対象者:10代〜20代女性 124名

自分の顔が映る写真を載せる際の“工夫・加工”

対象者:10代〜20代女性 124名

ここからわかる、「自分が写る写真の投稿」“押し切り方”のポイントは、次の3つです。

1) 存在の希釈

写真選択の傾向で最も多かったのは、「後ろ姿の写真」(18.5%)や「他の人と一緒の写真にする」(18.5%)でした。 後ろ姿で自分を過度に主張しない、または複数人で写ることで「私だけ」を弱めるといった方法で、注目を分散させています。

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  • 「友達と一緒なら目立ちすぎないから出せる」

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2) 時間の希釈

常に表示される投稿形式を用いるのではなく、「24時間で消えるストーリーズに載せる」(18.2%)選択を取る人は多いことがわかりました。一時的に確認できる機能を用いることで、投稿への心理的なハードルを下げ、気軽に表現する勇気を得ているのです。

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  • 「後で見返すことがないので、一瞬だけ楽しんでもらうことが出来るのがいい」

  • 「ストーリーズは投稿が消えるから、他者の評価をあまり気にせずに投稿できる」

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3) 文脈の補正

「フィルターで自分を整える」(19.0%)ことも重要な戦略です。これは単に見た目を良くするだけでなく、「自分の写り」に対する不安を和らげ、“感じの良さ”を演出するための調整です。これらの工夫は、若者が「自分だけが目立つこと」を避け、より控えめで、安心感のある形で自己表現をしようとする姿を示しています。

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  • 「時計の自慢みたいに見えることがある。自分にも起こりうる写真は避ける」

  • 「フィルターを使えば、投稿の雰囲気が良くなるのでよく使う」

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自分には厳しく、他人には思ったより優しい

「自分が顔出しをしたら、他人はどう思うか」と、実際に「他人の顔出しを見たときに自分がどう思っているか」の評価には大きなズレがありました。(全体n=124)。

ポジティブ(“自己表現としてアリ”):自己予測7.3% → 他者評価16.1%

ネガ(“自己顕示欲が強そう”): 自己予測21.8% → 他者評価17.7%

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顔がはっきりとわかる写真に対してのポジネガ評価

対象者:10代〜20代女性 124名

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つまり、自分の嫌われるリスクを過大評価し、他人には想像以上に寛容なのです。SNS社会に生きる現代の若者の自己防衛バイアスは、非常に顕著に存在しています。

守りたいのは「映え」より「物語」

今回の調査集計を通して、わかってきたことは3つです。

  • 投稿の断念の主要因は「他者からの見られ方」であり、一番の要因は「投稿の意味」。

  • 投稿するための工夫は「存在の希釈」/「時間の希釈」/「文脈の補正」。

  • 他者評価は厳しいというバイアスがある。

この結果から、インスタ投稿において現代の若者が守りたいものが浮かび上がってきました。彼ら彼女らが守りたいのは、映えているキレイな自分像より、自分の世界観が破綻しない物語との整合性であり、この考え方は過去のインスタ利用積み上げによる副産物かもしれません。

元来インスタ利用のステレオタイプは、自身の映えている写真/動画を載せることで、芸能人のようにキラキラした自分像を作ることでした。しかし、そういった投稿には裏側に自己顕示欲がつきまといます。この印象が時間経過とともに強固なものになり、「映えている投稿/本人がメインの投稿=自己顕示欲が見える嫌な印象」という他者からのネガティブな評価バイアスが積み上げられてきたのではないでしょうか。

ではその積み上げがある今、どういった投稿が良い印象になるのか。それは、背景に語れるストーリーがあり、投稿する“意味・物語”があるものということです。“意味・物語”があることで、他者からは自己顕示欲としての投稿と見られないことに加えて、投稿の矢印を自分自身に向けた自己満足の形にも落とし込む事ができます。それでも、自己顕示欲として見られたくない、他者からのネガティブな評価バイアスの予防線として、「存在の希釈」/「時間の希釈」/「文脈の補正」の3つの工夫が存在するのです。

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過去若者にとってインスタの投稿で守りたいものは“映え”だったが、その積み重ねはネガティブなステレオタイプに変わり、他者からのネガティブな評価バイアスをも蔓延らせた。そのため現代では、自分の世界観が破綻しない“物語との整合性”を守ることでその投稿を“意味づけ”し、自己満足感を重視することでそのバイアスから逃れながら、他者からの自己顕示欲の投稿という見られ方を回避している。

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我々は本調査結果から、このように解釈しました。

若者のインスタ投稿の意思決定は、承認欲求の制御だけではなく、意味・物語との整合性の調律へシフトしています。彼らが本当に守りたいのは「映えている自分」ではなく、「破綻しない世界観」なのです。

これは、インスタに留まらない 新しいユーザー体験の兆しかもしれません。私たちが手渡すべきは完璧な“映え”ではなく、語りやすい合図と試せる時間、そして一人にしない設計です。若者は今、映えの時代の次に来た“整合の時代“を生きています。