ウェルビーイングやウェルネスの「ウェル」という文字を見聞きするたび、メディア情報や自分の健康遍歴から感度が高い筆者は「人生100年時代」に生きる人の体や心の健康を想い浮かべます。
人間の人間らしい側面を利他の光で深く照らし出すことに着目した「利他研究」が進んでいることや(*)、「利他」の考え方を発信する中島岳志さん(東京科学大学 リベラルアーツ研究教育院教授)のような識者が、気候変動や人権、食、再エネといったエシカル社会づくりを学べるテーマ設定(**)のひとつに挙げられていたことも、今年の前向きな兆しでした。
一方、社会に目を向けると、重大なミスやトラブルには至らない、公共サービスの小さな不具合に対する苛立ちの表れ、個人の怒りの感情の衝突などが日常茶飯事に見られます。
こうした街で見られるケアレスの兆候は「個人の自分に対するセルフケアレス」に始まるのではないかという仮説のもと、筆者は2024年から研究を進めてきました。
まず、筆者が注目したのは「セルフケア」に対する男女の温度差です。日常的に男性同士の会話の場に身を置く機会は多くあるものの、筆者自身が女性であることで、自分ごと化しにくいものです。メンズ美容の文脈では男性向け商品の広告・メディア露出が増加し、私たちの目に日常的にふれるようになってきている一方で「男性自身が、自分で自分をケアすること」には目が向けられていないかのではという思いを起点に、本研究をスタートさせました。
「セルフケア」や「ご自愛」を伝えるメディアの露出が依然として女性向けに偏っていることから、男性にこの話題を持ちかけても、まだピンとこないかもしれません。
本研究を始める前、社内の同僚男性に、セルフケアを「自己安全保障」のような新しい言葉でひらくのはどうかという言葉の解決策をもらいました。
ジム通いや食事管理などによる体作りといった「男磨き」に当たる行動は一般的となっていますが、サウナやヨガの習慣がある話も男性本人やパートナーから見聞きします。
男性のセルフケア意識向上の兆しはメディアが特集する内容変化にも見られます。発行部数10万部以上のミドルエイジ男性誌『Tarzan』で今年は漢方、ヨガやストレッチ、「休むこと」自体を特集するなど、外見磨きや筋肉増強だけでない、回復や心身の労ることに向けられた露出も多くみられた年でした。
前向きな兆しは定性的に見られるものの、より男性の健康・ケア意識の実態に迫るため、男性600名に対して生活者調査を行いました。(調査概要は文末に記載)
はじめに今の「健康感」について満足度をたずねたところ、「全く満足していない」(9.5%)「あまり満足していない」(15.2%)と少数派にとどまりましたが、健康実感に「満足していない」と答えた男性の中で「デジタル機器の見すぎで目に負荷をかけているから」という意見は現代的な自己認識課題です。
また「健康・ケアについて行っていること」は、概ねがSNSの情報収集という傾向でした。

暮らしのデジタル化の度合いを調べる「生活DX定点」の2025年3月の調査結果でも、デジタルの「恩恵を受けている」と感じる生活者が3割を超えている一方、「ストレスが増えた」は「ストレスが減った」を5.8pt上回っています。
進行するスマホ、デジタルデバイスの見すぎによる弊害は、肩こり、腱鞘炎など「未病」段階の体の不調として、老若男女あらゆる世代の健康に負荷を与えていると考えられるでしょう。
次に「回復できる」と思える行動について、具体的な行動を提示し、聴取しました。
圧倒的な解答数は「睡眠」(74.5%)。ビジネスパーソンの健康課題に浮上することが多い睡眠の不調(不眠)ですが、やはり回復実感は根強いようです。それを反映してか、書店では自己啓発書・話題の本コーナーにも睡眠の基本、快眠のコツを解く本が店頭を賑わせています。
次に食事(栄養)を摂ること(56.2%)で、ヨガ・ストレッチや(16.2%)ジム・ランニング(22.3%)など、自己の回復のために積極的な行動をとる「アクティブレスト」の行動をあげる男性も多い結果となりました。

今回、筆者が研究対象の主役に据えたのは、デジタル社会や人間関係での社会的ストレスに特に見舞われやすいビジネス男性です。そこでベストセラー本2冊の著者で若手経営者、2児の父親でもある、目線の近い年代で最前線を生きる井上さんに話を伺いました。
井上さんは20代から「早起き」や「朝活」の活動を続けて約10年。先述した調査で男性が「最も回復につながる」と答えた睡眠では「5時起き22時就寝」ルーティンを貫き、実践とともに伝えてきた有識者です。
今回は、井上さんが著作で教える時間術の視点で、現代のビジネス男性(ビジダン)が自分をケアできる時間管理とそのための3つのマインドセットを、それぞれのライフスタイルごとにワンポイントアドバイス形式で伺いました。

「自分で決めた時間に起きて寝る」という基本ができないのも、電車に乗る時刻から逆算して睡眠をカットし、余裕がない状態で朝を過ごすというのも、他人(=電車)軸行動」と井上さんは話します。
親にとってはどうしても「自己犠牲」が生まれてしまいがちな子育てで、いかに自分時間を確保、あるいは創出するかのアイデアも必要です。
井上さんは「子どもが熱を出した日の夫婦連携で、4時起き・9時に重要な仕事が終わっている状態に時間割を調整する「熱朝シフト」のアイデアをシェアしてくれました。
人の上に立つ経営層に近づくほど自分との対話の時間が必要になってきます。
男ひとりの自分時間作りは、「たとえばカフェでボーっとするだけでもいい」と井上さん。年に数回実行しているのが、パパや経営者という自分を離れて郊外で数泊過ごす「ひとり合宿」だそうです。
自分のための「余暇時間*」が二の次になりがちな現代ビジネス男性(ビジダン)。100年時代の人生戦略を説くビジネス書によると、これから潮流になるという兆しがあります。
井上さんのインタビューでは、一般社員、経営層、どんなビジダンも、自分に余裕を生む時間づくりが、健康やセルフケアの時間投資につながる可能性を示唆していました。
【調査概要】
■調査手法: インターネットモニター調査
■調査対象者:10代〜60代の男性 600名
■調査時期: 2025年9月
*共創研究員は、博報堂の多様な部門に所属しながら研究活動を行う研究員。自らの「内なる想い」に基づく研究テーマを設定し、生活者発想によって「新しい生活者価値」を生み出す研究を進める。
